十字軍(1096〜1192年)の主要人物の相関図です。1095年のクレルモン教会会議で教皇ウルバヌス2世が聖地エルサレム奪回を呼びかけたことに始まり、約1世紀にわたってキリスト教勢力とイスラム勢力が聖地をめぐって争いました。
第1回十字軍(1096〜1099年)ではゴドフロワ・ド・ブイヨンらがエルサレムを奪回し、十字軍国家を建設。その後、イスラム側ではザンギー朝のヌールッディーン、さらにアイユーブ朝のサラディンが台頭し、1187年にエルサレムを奪回。これに対し第3回十字軍(1189〜1192年)ではリチャード1世、フィリップ2世、フリードリヒ1世の三大君主が参戦しましたが、エルサレム奪回はかなわず、サラディンとの休戦協定で終結しました。
登場人物一覧
ウルバヌス2世
ローマ教皇(在位1088〜1099年)。フランス出身で本名はウード・ド・シャティヨン(ラテン名: ラゲリウスのオド)、クリュニー修道院出身の改革派。1095年のクレルモン教会会議で聖地エルサレム奪回を呼びかけ、第1回十字軍の派遣を決定した。グレゴリウス7世の遺志を継ぎ、教会改革を推進した。
ゴドフロワ・ド・ブイヨン
下ロートリンゲン公(1060年頃〜1100年)。第1回十字軍の主要指導者の一人。1096年に弟ボードゥアンらと共に出征し、1099年のエルサレム包囲戦で重要な役割を果たした。エルサレム奪回後、統治者に選出されたが、王の称号を辞退し「聖墳墓の守護者」と名乗った。1100年に死去。
ボードゥアン1世
初代エルサレム王(在位1100〜1118年)。ゴドフロワ・ド・ブイヨンの弟。第1回十字軍に兄と共に参加し、初代エデッサ伯となった。1100年に兄が死去すると、エデッサ伯領を譲ってエルサレム王に即位し、王国の基盤を確立した。
ボエモン1世
アンティオキア公(1054年頃〜1111年)。南イタリアのノルマン人貴族で、第1回十字軍の指導者の一人。父ロベルト・イル・グイスカルドの下で東ローマ帝国との戦争経験があり、十字軍諸侯の中でも特に経験豊富な指揮官だった。1098年にアンティオキアを攻略し、アンティオキア公国を建設した。
レーモン4世
トゥールーズ伯・プロヴァンス辺境伯(1052年頃〜1105年)。第1回十字軍で最大の軍勢を率いた指導者の一人。エルサレム奪回後、エルサレム王への推戴を拒否した。その後トリポリ伯国の基盤を創設した。ボエモン1世とはアンティオキアの領有をめぐって対立した。
隠者ピエール
フランス・アミアンの説教師。ウルバヌス2世の呼びかけに最初に応じ、1096年に約4万人の民衆十字軍を率いてエルサレムを目指した。しかし小アジアでルーム・セルジューク朝に壊滅させられた。ピエール自身は生き延び、第1回十字軍にも参加した。
リチャード1世(獅子心王)
イングランド王(在位1189〜1199年)。プランタジネット朝の国王で「獅子心王(ライオンハート)」の異名を持つ。第3回十字軍に参加し、1191年にアッコンを陥落させた。フリードリヒ1世の溺死、フィリップ2世の帰国後も単独で戦い続け、1192年9月にサラディンと5年間の休戦協定を締結した。エルサレム奪回はかなわなかったが、巡礼の自由は確保した。
フィリップ2世(尊厳王)
フランス・カペー朝第7代国王(在位1180〜1223年)。「尊厳王(オーギュスト)」と呼ばれた。第3回十字軍に参加し、1191年のアッコン陥落後に病気を理由にフランスに帰国。十字軍には情熱を持たず現実主義者として知られ、リチャード1世とも対立した。帰国後はプランタジネット家の大陸領土を併合しフランスをヨーロッパ随一の強国に導いた。
フリードリヒ1世(赤髭王バルバロッサ)
シュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝(ローマ王即位1152年、皇帝戴冠1155年、在位〜1190年)。赤い髭から「バルバロッサ」と呼ばれた。1189年に第3回十字軍の総司令として出征し、1190年のイコニウムの戦いでルーム・セルジューク軍を撃破したが、小アジア南東部キリキアのサレフ川を渡河中に溺死した。その死は伝説化され「バルバロッサ伝説」が生まれた。
サラディン(サラーフ・アッディーン)
アイユーブ朝の創始者(1137年頃〜1193年)。クルド人出身で、1169年にファーティマ朝の宰相となり実質的なエジプトの支配者に。ヌールッディーンの死後にダマスカスを占領し、エジプトとシリアを統一した。1187年7月のヒッティーンの戦いで十字軍に大勝し、同年10月にエルサレムを奪回。第3回十字軍ではリチャード1世と戦い、1192年に休戦協定を締結した。住民の安全を保障するなど寛容な統治者としても知られる。
ヌールッディーン
ザンギー朝の第2代君主(在位1146〜1174年)。父ザンギーの後を継ぎ、十字軍国家と戦い領土を拡大した。1148年の第2回十字軍を退け、1154年にダマスカスを支配下に置きシリアの大部分を統一。配下のクルド人将軍シール・クーフ(サラディンの叔父)をエジプトに派遣し、これがサラディン台頭のきっかけとなった。1174年に死去し、その後サラディンがイスラム勢力を統一した。
ザンギー(イマードゥッディーン・ザンギー)
ザンギー朝の初代アミール(1085〜1146年)。セルジューク朝のモースルとアレッポの太守。十字軍に対しイスラム世界で最初の組織的抵抗を行った。1144年に十字軍国家エデッサ伯国を陥落させ、これが第2回十字軍を引き起こすきっかけとなった。
アレクシオス1世コムネノス
ビザンツ帝国コムネノス朝の皇帝(在位1081〜1118年)。セルジューク朝の小アジア侵入に対抗するため、ローマ教皇に軍事援助を要請した。これが十字軍派遣のきっかけとなった。第1回十字軍の諸侯を巧みに操りつつ、自国領の回復を図った。
関係性一覧
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- ゴドフロワ・ド・ブイヨン →十字軍の同志 →ボエモン1世ゴドフロワ・ド・ブイヨン は ボエモン1世 に対して「十字軍の同志」の関係です。
- ゴドフロワ・ド・ブイヨン →十字軍の同志 →レーモン4世ゴドフロワ・ド・ブイヨン は レーモン4世 に対して「十字軍の同志」の関係です。
- ボエモン1世 →アンティオキア領有で対立 →レーモン4世ボエモン1世 は レーモン4世 に対して「アンティオキア領有で対立」の関係です。
- ボエモン1世 →忠誠を誓うも後に対立 →アレクシオス1世ボエモン1世 は アレクシオス1世 に対して「忠誠を誓うも後に対立」の関係です。
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- リチャード1世 →敵対→休戦協定を締結 →サラディンリチャード1世 は サラディン に対して「敵対→休戦協定を締結」の関係です。
- リチャード1世 →共闘するも対立 →フィリップ2世リチャード1世 は フィリップ2世 に対して「共闘するも対立」の関係です。
- リチャード1世 →第3回十字軍の同志 →フリードリヒ1世リチャード1世 は フリードリヒ1世 に対して「第3回十字軍の同志」の関係です。
- フィリップ2世 →第3回十字軍の同志 →フリードリヒ1世フィリップ2世 は フリードリヒ1世 に対して「第3回十字軍の同志」の関係です。
- ヌールッディーン →主君→後に独立 →サラディンヌールッディーン は サラディン に対して「主君→後に独立」の関係です。
- ザンギー →父→子(王朝を継承) →ヌールッディーンザンギー は ヌールッディーン に対して「父→子(王朝を継承)」の関係です。
- ヌールッディーン →エジプトに派遣 →サラディンヌールッディーン は サラディン に対して「エジプトに派遣」の関係です。
- 隠者ピエール →民衆十字軍→本隊に合流 →ゴドフロワ・ド・ブイヨン隠者ピエール は ゴドフロワ・ド・ブイヨン に対して「民衆十字軍→本隊に合流」の関係です。
- フィリップ2世 →アッコンで交戦 →サラディンフィリップ2世 は サラディン に対して「アッコンで交戦」の関係です。
- フリードリヒ1世 →遠征中に溺死(聖地未到達) →サラディンフリードリヒ1世 は サラディン に対して「遠征中に溺死(聖地未到達)」の関係です。
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