第一次世界大戦(1914〜1918年)の主要人物の相関図です。1914年6月28日、ボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプがオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公を暗殺した「サラエボ事件」を契機に、ヨーロッパ列強が同盟国(中央同盟国)と協商国(連合国)の二大陣営に分かれて戦った史上初の世界規模の戦争です。
ドイツ・オーストリア=ハンガリーを中心とする同盟国と、イギリス・フランス・ロシア・アメリカを中心とする協商国が対峙し、4年以上に及ぶ激戦の末、1918年11月にドイツが降伏して終結しました。パリ講和会議ではウィルソン・クレマンソー・ロイド・ジョージの三首脳がヴェルサイユ条約を主導しました。
登場人物一覧
ヴィルヘルム2世
ドイツ帝国第3代皇帝(在位1888〜1918年)。ヴィクトリア女王の孫。1890年にビスマルクを罷免し、帝国主義的な「世界政策」を推進。1914年7月にオーストリアに対セルビア戦争を支持する「白紙委任」を与え、第一次世界大戦の開戦に大きな役割を果たした。戦争末期の1918年11月、ドイツ革命によりオランダへ亡命し退位した。
フランツ・ヨーゼフ1世
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝(在位1848〜1916年)。68年間にわたって帝国を統治した。甥のフランツ・フェルディナント大公がサラエボ事件で暗殺されたことを受け、ドイツの支持を得てセルビアに最後通牒を発し、1914年7月28日に宣戦布告。第一次世界大戦の最中の1916年11月に崩御した。
フランツ・フェルディナント
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者(大公)。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の甥にあたる。皇太子ルドルフの自殺後、1896年に父カール・ルートヴィヒの死去により帝位継承者に認定された。1914年6月28日、サラエボを訪問中にボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプにより妻ゾフィーとともに暗殺された。この事件が第一次世界大戦の引き金となった。
ニコライ2世
ロシア帝国最後の皇帝(在位1894〜1917年)。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世やイギリス国王ジョージ5世とは従兄弟の関係にあった。セルビアを支援するため動員令を発し、ドイツとの戦争に突入。1917年の二月革命(三月革命)で退位を余儀なくされ、翌1918年7月にボリシェヴィキにより一家とともに処刑された。
ジョルジュ・クレマンソー
フランス首相(在任1917〜1920年)。「虎(ル・ティグル)」「勝利の父(ペール・ラ・ヴィクトワール)」の異名を持つ。1917年、西部戦線が膠着しフランス国内に敗戦主義の空気が広がる中で首相に就任し、断固とした戦争政策を推進。パリ講和会議ではドイツへの厳しい制裁を主張し、ヴェルサイユ条約の締結を主導した。
デビッド・ロイド・ジョージ
イギリス首相(在任1916〜1922年)。1916年12月にアスキス首相に代わって就任し、保守党・自由党・労働党による挙国一致内閣を組閣して強力な戦争指導体制を構築した。パリ講和会議ではクレマンソーの対独強硬論とウィルソンの理想主義の間で調停役を果たし、ヴェルサイユ条約の締結に貢献した。
ウッドロー・ウィルソン
アメリカ合衆国第28代大統領(在任1913〜1921年)。当初は中立を維持したが、ドイツの無制限潜水艦戦を受けて1917年4月にドイツに宣戦布告し参戦。1918年1月に「十四か条の平和原則」を発表し、秘密外交の禁止・民族自決・国際連盟の設立を提唱した。パリ講和会議ではクレマンソーの強硬論に対して国際協調を主張した。
ガヴリロ・プリンツィプ
ボスニア系セルビア人の民族主義者(1894〜1918年)。南スラヴ人の解放と統一を掲げる「青年ボスニア」の活動家で、セルビア軍情報部の秘密組織「黒手組」と連携したダニロ・イリッチが組織した暗殺グループに加わった。1914年6月28日、サラエボを訪問中のオーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公と妻ゾフィーを銃撃し暗殺。この事件が第一次世界大戦の直接の引き金となった。犯行時19歳で未成年のため死刑を免れ懲役20年を宣告されたが、獄中で結核により1918年4月に死亡した。
関係性一覧
- ヴィルヘルム2世 →同盟(白紙委任) →フランツ・ヨーゼフ1世ヴィルヘルム2世 は フランツ・ヨーゼフ1世 に対して「同盟(白紙委任)」の関係です。
- フランツ・ヨーゼフ1世 →伯父→甥(皇位継承者) →フランツ・フェルディナントフランツ・ヨーゼフ1世 は フランツ・フェルディナント に対して「伯父→甥(皇位継承者)」の関係です。
- ガヴリロ・プリンツィプ →暗殺(サラエボ事件) →フランツ・フェルディナントガヴリロ・プリンツィプ は フランツ・フェルディナント に対して「暗殺(サラエボ事件)」の関係です。
- ヴィルヘルム2世 →従兄弟(敵対) →ニコライ2世ヴィルヘルム2世 は ニコライ2世 に対して「従兄弟(敵対)」の関係です。
- ニコライ2世 →セルビア支援で対立 →フランツ・ヨーゼフ1世ニコライ2世 は フランツ・ヨーゼフ1世 に対して「セルビア支援で対立」の関係です。
- クレマンソー →講和会議で協力 →ロイド・ジョージクレマンソー は ロイド・ジョージ に対して「講和会議で協力」の関係です。
- クレマンソー →対独方針で対立 →ウッドロー・ウィルソンクレマンソー は ウッドロー・ウィルソン に対して「対独方針で対立」の関係です。
- ロイド・ジョージ →講和会議で調停 →ウッドロー・ウィルソンロイド・ジョージ は ウッドロー・ウィルソン に対して「講和会議で調停」の関係です。
- ウッドロー・ウィルソン →宣戦布告(1917年) →ヴィルヘルム2世ウッドロー・ウィルソン は ヴィルヘルム2世 に対して「宣戦布告(1917年)」の関係です。
- フランツ・ヨーゼフ1世 →セルビアに宣戦布告 →ガヴリロ・プリンツィプフランツ・ヨーゼフ1世 は ガヴリロ・プリンツィプ に対して「セルビアに宣戦布告」の関係です。
- ニコライ2世 →米は中立(退位後に米参戦) →ウッドロー・ウィルソンニコライ2世 は ウッドロー・ウィルソン に対して「米は中立(退位後に米参戦)」の関係です。
- ニコライ2世 →露仏同盟 →クレマンソーニコライ2世 は クレマンソー に対して「露仏同盟」の関係です。
- ヴィルヘルム2世 →敵対(独仏対立) →クレマンソーヴィルヘルム2世 は クレマンソー に対して「敵対(独仏対立)」の関係です。
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