百年戦争(1337〜1453年)は、イングランド王エドワード3世がフランス王位継承権を主張したことに端を発し、ヴァロワ朝フランスとプランタジネット朝イングランドの間で約116年にわたって断続的に行われた戦争です。
前期はクレシーの戦い・ポワティエの戦いでイングランドが優勢となり、中期にはシャルル5世と名将デュ・ゲクランがフランスの国土を回復。しかしシャルル6世の精神疾患による混乱に乗じたヘンリー5世がアジャンクールの戦いで大勝し、トロワ条約でフランス王位を獲得。窮地に追い込まれたフランスを救ったのがジャンヌ・ダルクでした。1429年のオルレアン解放とシャルル7世の戴冠を成し遂げた彼女は、1431年にわずか19歳で火刑に処されましたが、フランスの反撃の流れは止まらず、1453年のカスティヨンの戦いで百年戦争はフランスの勝利で終結しました。
登場人物一覧
フィリップ6世
ヴァロワ朝初代フランス王(在位1328〜1350年)。カペー朝断絶後、男系継承の原則により即位。エドワード3世のフランス王位継承の主張を退けたが、1346年のクレシーの戦いで大敗を喫した。
ジャン2世
ヴァロワ朝第2代フランス王(在位1350〜1364年)。フィリップ6世の子。1356年のポワティエの戦いでエドワード黒太子に敗れ、自ら捕虜となった。イングランドに囚われ、莫大な身代金(エキュ金貨300万枚)を課された。
シャルル5世(賢明王)
ヴァロワ朝第3代フランス王(在位1364〜1380年)。ジャン2世の子。父がイングランドに囚われている間、王太子として摂政を務めた。即位後は名将デュ・ゲクランを王軍司令官に任じ、1375年までに数地点を残してイングランド軍を駆逐した。「賢明王(ル・サージュ)」と称された。
シャルル6世(狂気王)
ヴァロワ朝第4代フランス王(在位1380〜1422年)。シャルル5世の子。1392年に精神疾患を発症し、以後統治能力を失った。治世中にアルマニャック派とブルゴーニュ派の内紛が激化し、1420年のトロワ条約でイングランド王ヘンリー5世にフランス王位継承権を認めた。
シャルル7世
ヴァロワ朝第5代フランス王(在位1422〜1461年)。シャルル6世の子。トロワ条約で王位継承権を否定されたが、ジャンヌ・ダルクの活躍でオルレアンを解放し、1429年7月にランス大聖堂で正式に戴冠した。1435年のアラスの和約でブルゴーニュと和解し、1453年のカスティヨンの戦いで百年戦争を勝利に導いた。
ジャンヌ・ダルク
フランスの国民的英雄・聖女(1412〜1431年)。農民の娘として生まれ、神の啓示を受けたとしてフランス軍に従軍。1429年にオルレアン包囲戦を解放し、シャルル7世のランスでの戴冠を実現させた。1430年にコンピエーニュでブルゴーニュ派に捕らえられ、イングランドに引き渡された後、ルーアンで異端審問裁判にかけられ、1431年5月30日に19歳で火刑に処された。
デュ・ゲクラン
ベルトラン・デュ・ゲクラン(1320〜1380年)。百年戦争中期のフランスの名将。1370年にシャルル5世によりフランス王軍司令官に任じられた。大会戦を避け、奇襲やゲリラ戦術を駆使してイングランド軍を各地で撃破し、フランスの国土回復に大きく貢献した。
エドワード3世
プランタジネット朝イングランド王(在位1327〜1377年)。母がフランス王フィリップ4世の娘イザベルであり、カペー朝断絶に際してフランス王位継承権を主張し、百年戦争を開始した。1346年のクレシーの戦いでフランス軍に大勝した。
エドワード黒太子
エドワード3世の長男(1330〜1376年)。黒い鎧を着用して戦ったことから黒太子と呼ばれた。1346年のクレシーの戦いに16歳で従軍し、1356年のポワティエの戦いでは4倍のフランス軍を破り、国王ジャン2世を捕虜とした。捕虜のジャン2世に臣従の礼をもって接したことで知られる。
ヘンリー5世
ランカスター朝イングランド王(在位1413〜1422年)。1415年のアジャンクールの戦いで、長弓隊を駆使して数に勝るフランス軍を圧倒した。ブルゴーニュ派と結び、1420年のトロワ条約でシャルル6世の娘カトリーヌと結婚し、フランス王位継承権を獲得。しかし1422年にヴァンセンヌ城で赤痢により病死した。
ヘンリー6世
ランカスター朝イングランド王(在位1422〜1461年)。ヘンリー5世の子。生後9ヶ月でイングランド王に即位し、トロワ条約に基づきフランス王位も継承した。しかし百年戦争はフランスの反撃により劣勢となり、1453年に事実上敗北した。
ベッドフォード公
ベッドフォード公ジョン(1389〜1435年)。ヘンリー5世の弟。幼王ヘンリー6世の摂政としてフランスにおけるイングランドの統治を担当した。ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判を主導し、シャルル7世のフランス王位継承に異議を唱えた。1435年に死去。
フィリップ善良公
ブルゴーニュ公フィリップ3世(1396〜1467年)。ヴァロワ=ブルゴーニュ家の第3代ブルゴーニュ公。当初はイングランドと同盟してフランス王太子シャルルと対立し、1420年のトロワ条約を支持。しかし1435年のアラスの和約でシャルル7世と和解し、イングランドから離脱。この転換が百年戦争のフランス勝利を決定づけた。
関係性一覧
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- エドワード黒太子 →ポワティエで捕虜に →ジャン2世エドワード黒太子 は ジャン2世 に対して「ポワティエで捕虜に」の関係です。
- シャルル5世(賢明王) →王軍司令官に任命 →デュ・ゲクランシャルル5世(賢明王) は デュ・ゲクラン に対して「王軍司令官に任命」の関係です。
- ヘンリー5世 →アジャンクールで大勝 →シャルル6世(狂気王)ヘンリー5世 は シャルル6世(狂気王) に対して「アジャンクールで大勝」の関係です。
- シャルル6世(狂気王) →トロワ条約で王位継承を認める →ヘンリー5世シャルル6世(狂気王) は ヘンリー5世 に対して「トロワ条約で王位継承を認める」の関係です。
- ジャンヌ・ダルク →戴冠を実現させる →シャルル7世ジャンヌ・ダルク は シャルル7世 に対して「戴冠を実現させる」の関係です。
- シャルル7世 →救援軍を委ねる(後に見殺し) →ジャンヌ・ダルクシャルル7世 は ジャンヌ・ダルク に対して「救援軍を委ねる(後に見殺し)」の関係です。
- フィリップ善良公 →捕縛しイングランドへ引き渡す →ジャンヌ・ダルクフィリップ善良公 は ジャンヌ・ダルク に対して「捕縛しイングランドへ引き渡す」の関係です。
- ベッドフォード公 →異端審問裁判を主導 →ジャンヌ・ダルクベッドフォード公 は ジャンヌ・ダルク に対して「異端審問裁判を主導」の関係です。
- フィリップ善良公 →トロワ条約で同盟 →ヘンリー5世フィリップ善良公 は ヘンリー5世 に対して「トロワ条約で同盟」の関係です。
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- デュ・ゲクラン →ゲリラ戦で対抗 →エドワード黒太子デュ・ゲクラン は エドワード黒太子 に対して「ゲリラ戦で対抗」の関係です。
- ジャンヌ・ダルク →オルレアンで英軍を撃破 →ベッドフォード公ジャンヌ・ダルク は ベッドフォード公 に対して「オルレアンで英軍を撃破」の関係です。
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