承久の乱(1221年)は、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の執権・北条義時を打倒するために挙兵した、朝廷と幕府の全面対決です。
3代将軍・源実朝が甥の公暁に暗殺され、源氏将軍が断絶。幕府の実権を握った北条義時に対し、後鳥羽上皇は追討の院宣を発布し挙兵しました。しかし、北条政子の演説で結束した幕府軍が圧勝。後鳥羽上皇は隠岐に配流され、幕府は六波羅探題を設置して朝廷への監視体制を確立しました。この乱により、武家政権が朝廷を上回る政治的優位を確立した、日本史上の大きな転換点となりました。
登場人物一覧
後鳥羽上皇
第82代天皇。高倉天皇の第四皇子で後白河天皇の孫。土御門・順徳・仲恭天皇の3代にわたり院政を行った。文武両道で新古今和歌集の編纂でも知られる。北面武士に加え西面武士を設置して軍事力を強化し、1221年に北条義時追討の院宣を発布して挙兵したが敗北し、隠岐に配流された。
順徳上皇
第84代天皇。後鳥羽上皇の第3皇子。父以上に倒幕に積極的で、挙兵に先立ち皇子の懐成親王(仲恭天皇)に譲位して上皇となった。承久の乱の敗北後、佐渡に配流された。
土御門上皇
第83代天皇。後鳥羽上皇の第1皇子。承久の乱には関与しておらず幕府からの処罰対象ではなかったが、父が配流される中で都に留まることを潔しとせず、自ら配流を願い出て土佐に流された。後に阿波に移された。
藤原秀康
承久の乱における朝廷軍の総大将。後鳥羽上皇の命を受け、弟の秀澄とともに1万7500余騎を率いて美濃国へ出陣したが、幕府の大軍に敗北。乱の後、後鳥羽上皇に見捨てられ、謀臣として逮捕の院宣が出された。奈良に潜伏するも河内国で捕らえられ、秀澄とともに京で斬られた。
三浦胤義
三浦義村の弟。検非違使として在京中に後鳥羽上皇側に与し、兄・義村に決起を促す書状を送ったが拒絶された。承久の乱では京方の主力として美濃国や宇治川で幕府軍と戦うが敗北。東寺で兄と対面するも物別れに終わり、最期は自害した。
北条義時
鎌倉幕府の第2代執権。北条時政の次男で北条政子の弟。源頼朝の挙兵に参加し、頼朝の最も信頼する御家人の一人となった。和田合戦で和田義盛を破り、侍所・政所の別当を兼務して執権の地位を確立。源氏将軍断絶後に幕府の実権を掌握し、後鳥羽上皇の追討対象となった。承久の乱では嫡男・泰時を総大将に派遣して勝利した。
北条政子
源頼朝の正室で「尼将軍」と称された。北条時政の長女で北条義時の姉。承久の乱では後鳥羽上皇の挙兵に動揺する御家人たちに対し、安達景盛を通じて頼朝以来の恩顧を訴える演説を行い、御家人を一致団結させた。この演説により幕府軍の士気が高まり、幕府方の勝利に大きく貢献した。
北条泰時
北条義時の嫡男。承久の乱では39歳で幕府軍の総大将として東海道を上洛し、朝廷軍を破って京に入った。乱後は六波羅探題北方として京に留まり朝廷の監視にあたった。父の急死後に第3代執権に就任し、御成敗式目を制定した日本史上屈指の名宰相。
北条時房
北条時政の子で、北条政子・義時の異母弟。承久の乱では甥の北条泰時とともに東海道の大将軍として進軍し京に攻め入った。乱後は泰時と共に京に留まり、初代六波羅探題南方に就任して朝廷の監視にあたった。
三浦義村
有力御家人で北条義時の盟友。承久の乱では弟・胤義から京方への参加を促す書状を受け取るが、使者を追い返して義時に通報した。東海道方面軍の大将軍の一人として上洛し、京都の東寺で弟・胤義と対峙したが取り合わなかった。幕府の命運を握る陰の主役と評される。
源実朝
鎌倉幕府の第3代征夷大将軍。源頼朝の次男で母は北条政子。歌人としても知られ、武士として初めて右大臣に任じられた。1219年、鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺され、源氏将軍が断絶した。実朝の死が後鳥羽上皇と幕府の関係悪化を招き、承久の乱の遠因となった。
公暁
鎌倉幕府2代将軍・源頼家の子。幼名は善哉。北条政子の計らいで叔父の3代将軍・実朝の猶子となり、鶴岡八幡宮別当に就任した。1219年に鶴岡八幡宮で実朝を暗殺。父・頼家の仇討ちとされるが黒幕の存在も指摘される。暗殺後、三浦義村を頼ったが、義村の差し向けた討手により殺された。
関係性一覧
- 後鳥羽上皇 →追討の院宣を発布 →北条義時後鳥羽上皇 は 北条義時 に対して「追討の院宣を発布」の関係です。
- 後鳥羽上皇 →父子 →順徳上皇後鳥羽上皇 は 順徳上皇 に対して「父子」の関係です。
- 後鳥羽上皇 →父子 →土御門上皇後鳥羽上皇 は 土御門上皇 に対して「父子」の関係です。
- 後鳥羽上皇 →総大将に任命 →藤原秀康後鳥羽上皇 は 藤原秀康 に対して「総大将に任命」の関係です。
- 順徳上皇 →倒幕に積極的に協力 →後鳥羽上皇順徳上皇 は 後鳥羽上皇 に対して「倒幕に積極的に協力」の関係です。
- 北条義時 →姉弟 →北条政子北条義時 は 北条政子 に対して「姉弟」の関係です。
- 北条義時 →父子(総大将に任命) →北条泰時北条義時 は 北条泰時 に対して「父子(総大将に任命)」の関係です。
- 北条義時 →異母兄弟 →北条時房北条義時 は 北条時房 に対して「異母兄弟」の関係です。
- 北条義時 →盟友 →三浦義村北条義時 は 三浦義村 に対して「盟友」の関係です。
- 北条政子 →母子 →源実朝北条政子 は 源実朝 に対して「母子」の関係です。
- 北条泰時 →東海道を共に進軍 →北条時房北条泰時 は 北条時房 に対して「東海道を共に進軍」の関係です。
- 北条泰時 →美濃・宇治川で交戦 →藤原秀康北条泰時 は 藤原秀康 に対して「美濃・宇治川で交戦」の関係です。
- 三浦義村 →兄弟(決起の誘いを拒否) →三浦胤義三浦義村 は 三浦胤義 に対して「兄弟(決起の誘いを拒否)」の関係です。
- 三浦胤義 →兄に決起を促す書状 →三浦義村三浦胤義 は 三浦義村 に対して「兄に決起を促す書状」の関係です。
- 三浦胤義 →京方として共闘 →藤原秀康三浦胤義 は 藤原秀康 に対して「京方として共闘」の関係です。
- 公暁 →鶴岡八幡宮で暗殺 →源実朝公暁 は 源実朝 に対して「鶴岡八幡宮で暗殺」の関係です。
- 後鳥羽上皇 →官位を与え重用 →源実朝後鳥羽上皇 は 源実朝 に対して「官位を与え重用」の関係です。
- 北条政子 →祖母(猶子の手配) →公暁北条政子 は 公暁 に対して「祖母(猶子の手配)」の関係です。
- 三浦義村 →討手を差し向け殺害 →公暁三浦義村 は 公暁 に対して「討手を差し向け殺害」の関係です。
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