源平合戦(治承・寿永の乱)は、治承4年(1180年)から元暦2年(1185年)にかけて、平清盛を中心とする平氏政権に対し、源頼朝ら源氏を中心とした反平氏勢力が蜂起した6年間の内乱です。
後白河法皇の皇子・以仁王の平家追討の令旨をきっかけに、伊豆の源頼朝、信濃の木曾義仲らが挙兵。源義経の活躍による一ノ谷・屋島・壇ノ浦の合戦を経て平氏は滅亡し、源頼朝による鎌倉幕府が樹立されました。しかし源氏内部でも頼朝と義仲、頼朝と義経の対立が生じ、源氏同士の争いという側面も持つ複雑な内乱でした。
登場人物一覧
源頼朝
河内源氏の源義朝の三男。平治の乱で父が敗れ伊豆国へ配流されたが、以仁王の令旨を受けて北条時政ら坂東武士とともに挙兵。鎌倉を本拠地として関東を制圧し、弟の義経・範頼らを派遣して平氏を滅亡に追い込んだ。建久3年(1192年)に征夷大将軍に任じられ、日本初の本格的武家政権である鎌倉幕府を開いた。
源義経
源義朝の九男で頼朝の異母弟。兄・頼朝の挙兵に馳せ参じ、一ノ谷の戦い・屋島の戦い・壇ノ浦の戦いで平氏を次々と破り、源平合戦最大の功労者となった。しかし頼朝の許可なく後白河法皇から官位を受けたことなどで兄と対立。奥州平泉に逃れたが、藤原泰衡に攻められ衣川館で自害した。
源範頼
源義朝の六男で頼朝の異母弟、義経の異母兄。遠江国蒲御厨に生まれたことから「蒲冠者」と呼ばれた。義経とともに木曾義仲を京で討ち、一ノ谷の戦いでも平氏を破った。平氏追討のため中国から九州に遠征し、平氏滅亡後は九州の経営にあたったが、後に謀反の疑いをかけられ伊豆修禅寺に幽閉された。
武蔵坊弁慶
平安時代末期の僧衆で、源義経の郎党。『吾妻鏡』や『平家物語』に義経の家来として名が登場する。伝説では五条大橋で義経と出会い家来となったとされる。義経に最後まで忠義を尽くし、衣川の合戦で立ったまま最期を遂げたという「立往生」の逸話で知られる。ただし詳細な経歴は後世の創作とされる。
木曾義仲
源義賢の次男で、源頼朝・義経兄弟とは従兄弟にあたる信濃源氏の武将。『平家物語』で朝日将軍と呼ばれる。1180年に木曽で挙兵し、1183年の倶利伽羅峠の戦いで平家の大軍に大勝。京へ進軍して平氏を都落ちさせたが、後白河法皇や頼朝と対立し、寿永3年(1184年)に近江国粟津で討死した。
北条政子
北条時政の娘で源頼朝の正妻。伊豆の豪族の娘でありながら、周囲の反対を押し切り流人だった頼朝と結婚した。頼朝の死後は「尼将軍」と称され、幕府の実権を握った。承久の乱(1221年)では御家人を前に頼朝の恩義を説いて決起を促し、幕府を勝利に導いた。
北条時政
伊豆の小土豪で、源頼朝の舅(妻・北条政子の父)。もともと流人・頼朝の監視役であったが、頼朝の挙兵を支援して平家追討に尽力した。鎌倉幕府の基礎を築き、頼朝の死後は数々の政争を勝ち抜いて建仁3年(1203年)に鎌倉幕府初代執権に就いた。
平清盛
平氏政権の頂点に立った武将・公卿。武士として初めて太政大臣に任じられ、日本初の武家政権を築いた。娘の徳子を高倉天皇に嫁がせ、外孫の安徳天皇を即位させて権勢を振るった。治承3年(1179年)のクーデターで後白河法皇を幽閉したが、治承5年(1181年)に病死した。
平宗盛
平清盛の三男で、母は清盛の継室・平時子。清盛の死後、平氏の棟梁となった。1183年に安徳天皇を奉じて西国に落ち延び、一ノ谷・屋島と敗戦を重ねた。壇ノ浦の戦いで一門は滅亡し、宗盛は子の清宗とともに生け捕りにされ、近江篠原で斬首された。
平知盛
平清盛の四男で、母は清盛の継室・平時子。文武に優れ「入道相国最愛の子」と呼ばれた。水島の戦い・室山の戦いで勝利するなど平氏随一の智将として活躍。壇ノ浦の戦いで平氏滅亡の様を見届け、「見るべき程の事をば見つ」と言い残し、鎧を二枚着て入水自害した。享年34。
平重衡
平清盛の五男で、母は清盛の継室・平時子。墨俣川の戦い・水島の戦いで勝利するなど武勇に優れた武将であったが、南都焼討で東大寺大仏殿や興福寺を焼亡させたことでも知られる。一ノ谷の戦いで捕虜となり鎌倉に護送され、平氏滅亡後に南都衆徒の要求で引き渡され木津川畔で斬首された。
後白河法皇
院政を行った第77代天皇(在位1155-1158年)。嘉応元年(1169年)に出家して法皇となった。初期は平清盛と協調したが、平氏の専権化に伴い対立。治承3年(1179年)に清盛に幽閉されたが、子の以仁王による令旨が源平合戦の引き金となった。源氏と平氏の双方を巧みに操り「源平合戦の陰の演出者」とも評される。
以仁王
後白河法皇の第三皇子。皇位の望みを失い平氏に恨みを抱いていた。治承4年(1180年)に源頼政とともに平氏打倒の令旨を発し、これが源平合戦の発端となった。以仁王と頼政はやがて敗死したが、この令旨に応じて伊豆の源頼朝、木曾の義仲ら各地の武士が蜂起した。
関係性一覧
- 源頼朝 →異母兄弟(兄→弟) →源義経源頼朝 は 源義経 に対して「異母兄弟(兄→弟)」の関係です。
- 源義経 →対立・追討される →源頼朝源義経 は 源頼朝 に対して「対立・追討される」の関係です。
- 源頼朝 →異母兄弟(兄→弟) →源範頼源頼朝 は 源範頼 に対して「異母兄弟(兄→弟)」の関係です。
- 武蔵坊弁慶 →主従(忠臣→主君) →源義経武蔵坊弁慶 は 源義経 に対して「主従(忠臣→主君)」の関係です。
- 源頼朝 →夫婦 →北条政子源頼朝 は 北条政子 に対して「夫婦」の関係です。
- 北条時政 →父→娘 →北条政子北条時政 は 北条政子 に対して「父→娘」の関係です。
- 北条時政 →舅(挙兵を支援) →源頼朝北条時政 は 源頼朝 に対して「舅(挙兵を支援)」の関係です。
- 源頼朝 →従兄弟・対立→追討 →木曾義仲源頼朝 は 木曾義仲 に対して「従兄弟・対立→追討」の関係です。
- 源義経 →壇ノ浦で捕縛 →平宗盛源義経 は 平宗盛 に対して「壇ノ浦で捕縛」の関係です。
- 源義経 →壇ノ浦で敵対 →平知盛源義経 は 平知盛 に対して「壇ノ浦で敵対」の関係です。
- 平清盛 →父→三男 →平宗盛平清盛 は 平宗盛 に対して「父→三男」の関係です。
- 平清盛 →父→四男 →平知盛平清盛 は 平知盛 に対して「父→四男」の関係です。
- 平清盛 →父→五男 →平重衡平清盛 は 平重衡 に対して「父→五男」の関係です。
- 平清盛 →幽閉(法皇を鳥羽殿に) →後白河法皇平清盛 は 後白河法皇 に対して「幽閉(法皇を鳥羽殿に)」の関係です。
- 後白河法皇 →初期協調→後に対立 →平清盛後白河法皇 は 平清盛 に対して「初期協調→後に対立」の関係です。
- 後白河法皇 →父→皇子 →以仁王後白河法皇 は 以仁王 に対して「父→皇子」の関係です。
- 以仁王 →平家追討の令旨を発す →源頼朝以仁王 は 源頼朝 に対して「平家追討の令旨を発す」の関係です。
- 以仁王 →令旨で挙兵を促す →木曾義仲以仁王 は 木曾義仲 に対して「令旨で挙兵を促す」の関係です。
- 後白河法皇 →東国支配権を承認 →源頼朝後白河法皇 は 源頼朝 に対して「東国支配権を承認」の関係です。
- 後白河法皇 →無断で官位を授ける →源義経後白河法皇 は 源義経 に対して「無断で官位を授ける」の関係です。
- 木曾義仲 →平氏を京から都落ちさせる →平宗盛木曾義仲 は 平宗盛 に対して「平氏を京から都落ちさせる」の関係です。
- 源範頼 →一ノ谷で捕縛 →平重衡源範頼 は 平重衡 に対して「一ノ谷で捕縛」の関係です。
- 平宗盛 →棟梁を継承 →平清盛平宗盛 は 平清盛 に対して「棟梁を継承」の関係です。
- 後白河法皇 →対立(法住寺合戦) →木曾義仲後白河法皇 は 木曾義仲 に対して「対立(法住寺合戦)」の関係です。





